国際規制不在の中、模索を続ける海運のエネルギートランジション
専門家の視点
海運セクターは温暖化ガス排出量の実体として、地政学的リスクによる航路延伸と貿易量の増加という二重の燃料消費増大要因に直面しています。国際規制がない中での模索は、物語の面で「低炭素燃料や航路最適化への取り組み」を語る一方、迂回航路や市場需要の拡大が排出量を押し上げる現実が強調されていません。このズレは物語先走りの構造であり、ビジョンと実体が乖離しています。 見出しの奥の構造的論点は、国際規制の不在が海運業界に自主的な努力を促す一方、地政学的ショックによってその努力が相殺される点です。制度設計の遅れは、個別企業の効率化策を無効化するリスクを常に伴います。記事は「国際規制が整えば解決する」という前提に立っていますが、実際には規制が導入されても執行の困難さや途上国との調整が課題として残ります。 次の観測点は、ホルムズ海峡封鎖後の2026年時点での排出量データです。この事態が短期的なスパイクで終わるのか、構造的な航路変更として定着するのかによって、海運の脱炭素時間軸は根本的に変わります。今後の動向はIMO規制の実効性と地政学リスクの長期化の綱引きにかかっています。
海運セクターの温暖化ガス排出量は年間9億トンを超え、エネルギー由来の全温暖化ガス排出量の2~3%を占める。新型コロナ感染症の影響で一旦は大幅に排出量が低減したが、2023年、2024年と排出量は増加傾向にある(図1)。 かといって海運業界は温暖化対策に関して対応を怠っている訳ではない。航海計画や航路の最適化を図り、燃料消費の節約に努め、LNG(液化天然ガス)を含む低炭素燃料の普及も徐々にではあるが拡大している。一方で地政学的緊張の高まりにより、国際海運は航路の変更を余儀なくされ、それに伴い燃料消費が増大し、温暖化ガス排出量の増加をもたらしている。現在の複雑な世界情勢が海運セクターの脱炭素の流れにも暗い影を落とす。 2022年2月のロシアによるウクライナ侵攻はこれまでの欧州、ロシア間の石油や積み荷の流れを大きく変えた。欧州が石油の供給をより中東湾岸諸国に依存するようになったことで、トンマイル(貨物の重量であるトンと輸送距離であるノーティカルマイル(海里)を掛け合わせて輸送量を表す指標)の値は大きく増えた。これまでのロシアから欧州という近距離の原油タンカーの航路が中東から欧州というより遠距離な航路にシフトしたためである。 現在(2026年7月時点)はホルムズ海峡(Strait of Hormuz)の封鎖が世界中の耳目を集めるが、元々の公海上のボトルネックとしての懸念は、紅海とアデン湾を隔て、その先アラビア海に抜けるバブエルマンデブ海峡(Bab el-Mandeb Strait)にあった。この航路は地中海、スエズ運河そしてインド洋を結ぶ世界有数の重要航路である。2023年11月、バハマ船籍で日本郵船が運航する車両運搬船Galaxy Leader号が航行中、突如フーシ派のヘリコプターにより襲撃を受けた。この事件を契機として多くの船舶(コンテナ船の70~75%)がスエズ運河、紅海経由の最短ルートから、南アフリカの喜望峰(Cape of Good Hope)経由の迂回ルートへ航路の変更を余儀なくされた(図2および図3参照)。喜望峰経由では距離にして3,000から3,500ノーティカルマイル(海里)、日数にして10~14日航海が伸びる。その結果、国際海運におけるトンマイル数は大きく伸び、海運燃料の消費量も増大、温暖化ガス排出量も増えた。一部の石油タンカーではバブエルマンデブ海峡を利用するケースもあるが、イランの呼びかけに呼応するフーシ派によって海峡の航行リスクは、再び大きく上昇している(2026年7月時点)。 (図3)喜望峰経由の原油(NGLを含む)移動量の推移 (単位: 万バレル/日) 出所:EIA資料をもとにJOGMEC作成 一方、世界の貿易量も増えている。特に中国は不動産不況に伴う内需の不振と供給過剰から輸出に大きく力を入れている(図4)。世界の貿易における輸送手段の9割近くは海運によって占められる。貿易量の拡大は地政学的緊張による航路の再編同様海運燃料の消費を増やし、温暖化ガス排出量を増大させる。2024年、海運のトンマイル数の大幅な伸びにより、海運燃料の消費量も前年の2億3,310万トンから2億4,240万トンへと増加した(Energy Comments)。コンテナ船全体の温暖化ガス排出量もこれまで過去最大であった2021年の2億1,850万トンを大きく引き離し、2024年には2億4,060万トンとなり、過去最高を記録した(Xeneta)。すなわち現在の海運セクターは地政学的緊張による航路の伸長と貿易量の増加という二重の燃料消費量増加要因を抱え、燃料節約や排出量削減対策を講じるものの十分ではなく、温暖化ガス排出量は増加基調にある、ということがいえる。 (図4)中国の輸出額の急増 (単位: 10億ドル) 出所:CEIC Data 2025年に入り米国においてトランプ2.0政権が樹立され、相互関税の導入や国際関係の更なる緊張により国際情勢はより混とんとし、国際海運も大きな影響を受けている。「関税のある世界」に伴う国際貿易への影響、各地の紛争やホルムズあるいはバブエルマンデブ海峡封鎖に伴う国際物流網の遮断や再構築、そして保険料増加や船舶不足による用船レートの上昇、油価高騰による海運燃料負担の増加といった直近の影響が、今後国際海運とその活動に伴う温暖化ガス排出量へどのような影響を与えるのか、今後も動向を見守る必要がある。 2026年の海運セクターにおけるここまでで最大のニュースは間違いなく米国・イスラエルとイランとの衝突に起因するホルムズ海峡の封鎖であるが、2025年における最も大きな話題は10月にロンドンで開かれたIMO(国際海事機関)の会合で、外航船燃料の温暖化ガス排出規制を盛り込んだ国際条約附属書(MARPOL Annex VI)改
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