ESG・金融

【連載】愛知学院大尋木准教授の東三河と国際法〈15〉 企業と市民の脱炭素力③

2026-07-19
気候関連情報開示の国際基準IFRS S2を受けた、日本における財務会計基準機構の開示義務化の動きについて解説。

専門家の視点

スコープ3開示義務が取引先企業を通じて中小企業に及ぶ構造は、制度の実体として確実に動き始めています。時価総額5000億円以上の約300社に直接の法的義務が課される一方、それらと取引のある企業は実質的に排出量の算定と報告を迫られるため、大企業と中小企業の間で情報伝達の非対称性が生じています。大手企業は基準に沿った開示体制を整えつつありますが、中小企業には人材やコスト面で負担が大きく、実行レイヤーが追いついていないのが現状です。 物語としては「脱炭素は経済的利益にもつながる」と前向きに整理されていますが、現時点では排出量取引や経費削減の具体的な成果が見えている中小企業は限定的です。ここには物語先走りのズレがあります。制度導入のスピードに対して、実際に測定・報告を実行できる体制や市場メカニズムの整備が追いついていないのが実態です。 隠れた前提は「スコープ3の開示要請に中小企業が応じられる」という仮定です。気候変動対策を公益と位置づけるだけでなく、排出量取引や経費削減といった直接的な経済メリットを中小企業が実感できる制度設計と支援策が不可欠です。

日本では、気候関連情報の開示を求める国際財務報告基準(IFRS)S2の公表を受け、日本の財務会計基準機構(FASF)の下に設置されたサステナビリティー基準委員会(SSBJ)が、2025年3月に気候関連開示基準を策定した(26年3月に一部改正)。このSSBJ基準は、「IFRS S2」を国内基準化したものといえる。 27年3月期に平均時価総額3兆円以上の企業は、このSSBJ基準に従った情報開示を、27年6月頃の有価証券報告書で行うことが義務づけられている。続く28年には1兆円以上、29年には5000億円以上の企業も義務を負うこととなり、その後については拡大方向で検討中である。開示義務の法的根拠は複雑で、金融商品取引法だけでなく、内閣府令・付則や金融庁告示を合わせ読む必要があり、詳細は割愛する。 この開示情報のなかには、温室効果ガスの排出量も含まれる。具体的には、自社の直接排出量(スコープ1)、間接排出量(スコープ2)、自社のバリューチェーン内で発生する上流・下流企業の排出量(スコープ3)の3種類の開示が、企業に義務づけられている(SSBJ基準47項)。 燃焼により発生する二酸化炭素の測定が基礎であり、スコープ1はガスやガソリンの使用量(自社で燃焼)、スコープ2は電気の使用量(火力発電所等で燃焼)を基に算出する。 SSBJ基準により開示義務が課される時価総額5000億円以上の日本企業は、現在は約300社である。しかし、中小企業も無縁ではない。スコープ3は、取引先企業の自社関連の排出総量を開示する必要がある。 そのため、時価総額3兆円を超えるトヨタ自動車や豊田通商、デンソー、イオンなどと取引のある企業は、すでに今年度より、それらの企業との取引の範囲内で直接・間接に排出した温室効果ガスの量を伝えることが、実質的に求められている。 また、SSBJ基準に基づく法的義務を負っていなくても、気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)提言に賛同する企業は、以前からスコープ3を開示している。そのため、東三河でも、取引先企業からの要請に基づき、自社の排出量を算出している中小企業は少なくないと考えられる=図。 排出量の算出は、どの企業にとっても負担である。しかし、次回以降に記す通り、気候変動対策という公益だけでなく、排出量取引への参加や経費削減などの経済的利益にもつながりうるのである。

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