【環境】自然資本会社(NAC)とは何か 〜新たな金融構造の論点と日本企業への示唆〜
専門家の視点
NAC(自然資本会社)の構想は、自然の価値を「採取」から「機能」へと軸足を移す点でラディカルですが、構造的な論点は「価格付け」の前段にあると言えます。まず、実体として、WRIが指摘する自然資本劣化に対する投資の偏在(NbSへの1ドルに対し破壊へ30ドル)という現実は強固なものです。しかし、物語はここで大きく分かれます。NACは、生態系サービスの経済的価値を認める制度設計(企業形態・上場基準)を提示したものの、この物語が米国で強い政治的・法的反発を招き、NYSEの上場制度案が撤回されたという現実があります。つまり、物語(生態系サービスを投資可能資産とするビジョン)が、政治・規制という実体(土地権原・先住民の権利・証券法解釈など)に跳ね返された形です。ここに「物語先走り」の構造が明確に表れています。隠れた前提への問い直しとして、NACが「自然の保全・再生」と「株主価値の上昇」を完全に連動させられるかの前提には、より深い疑問があります。生態系サービスの価値が上昇するには、その認証・取引制度が市場で受け入れられる必要があり、その制度設計自体が政治的プロセスに左右されます。
自然資本会社(Natural Asset Company:NAC)は、森林、湿地、草原、流域、海洋等の健全な生態系サービスを、資本市場で投資可能な資産として扱うことを目指す新たな企業形態である。従来の金融市場は、木材、農作物、鉱物、石油等、自然から「採取できるもの」の価値評価には長けてきた。一方で、立木の森林、健全な土壌、きれいな河川、洪水調整機能、炭素吸収、花粉媒介、生物多様性等、自然が存在し、機能し続けることで生み出される価値は、十分に価格付けされてこなかった。NACは、この構造的な歪みに対し、生態系サービスを企業の生産資産として捉え、自然の保全・再生によって企業価値が高まる仕組みを作ろうとする構想である。 国際環境NGOの世界資源研究所(WRI)は2026年3月、NACの考え方、意義、普及に向けた課題を整理した解説を公表した。WRIは、自然が食料、水、気候調整、花粉媒介等を通じて経済活動を支えているにもかかわらず、その価値の多くは金融システム上で不可視化され、市場は自然の再生よりも劣化をより一貫して報いてきたと指摘。さらに、国連環境計画(UNEP)の報告書を踏まえ、世界全体では自然を軸としたソリューション(NbS)への投資1米ドルに対し、自然破壊に繋がる投資が30米ドルに上るとも説明している。 ただし、NACを理解する上で欠かせないのは、この構想が米国で強い政治的・法的反発を招き、そうした反発が広がる中で、ニューヨーク証券取引所(NYSE)の上場制度案が撤回されたという経緯だ。本稿では、NACの仕組みとともに、何が争点になったのかを解説し、日本企業にとっての含意を整理していく。 NACとは、イントリンシック・エクスチェンジ・グループ(Intrinsic Exchange Group:IEG)が開発した新たな企業形態。WRIによると、NACは健全な生態系を投資可能な資産に変えることを目的とする会社であり、森林、湿地、草原等の自然システムと、それらが生み出す生態系サービスの保全・強化に企業価値を連動させる。投資家は、鉱山やプランテーションに投資するのではなく、社会と経済を支える生態系のスチュワードシップに投資することになる。 具体的には、NACは、土地や自然資産そのものを必ずしも所有するのではなく、土地所有者等とのライセンス契約を通じ、特定地域の自然資産価値及び生態系サービスに関する経済的権利と管理権限を取得することを想定した会社だ。これらの生態系サービスに経済価値を付け、先住民、地域社会、企業、保全団体、土地所有者等の既存の土地管理主体と協働しながら、自然の保全、再生、持続可能な管理を進める。生態系サービスはNACの生産資産として扱われ、生態系が保全・再生されるほどサービスの量と質が高まり、NACの資産価値と株式価値が上がるという考え方である。収益源としては、生態系クレジット、持続可能な収穫、エコツーリズム、生態系管理への対価、流域保全への支払い、企業や自治体による自然関連サービスの購入等が想定される。 重要なのは、NACが単に自然を保全する非営利組織ではなく、自然の健全性そのものを企業価値の源泉にしようとする点である。従来の企業では、自然は事業活動の外部条件、原材料供給源、または環境負荷の対象として扱われることが多かった。NACでは逆に、自然システムそのものが企業の中核資産になる。自然保全を「コスト」や「慈善」から「投資対象」へと移す試みであり、WRIは、NACが成功すれば、自然は外部性やオフセットではなく、資本市場の中核に置かれる価値上昇型の資産になり得ると説明している。 構想は机上に留まらず、NACを想定した初期的な組成・実証構造も開発されている。WRIによると、米アラスカ州の先住民の土地が生み出す生態系サービスを対象とする構造と、米モンタナ州で生産的土地利用が行われる大規模な土地を対象とするものが先行例となっている。但しWRI自身、数件の実証例だけではアセットクラスとは呼べず、普及には個別案件ベースの試みから標準化された制度設計への移行が必要とも付言している。 NACは2021年9月、NYSEとIEGが、NACという新たな上場アセットクラスを共同で開発すると発表したことで世界的な注目を集めた。当時の発表では、自然資産が年間125兆米ドル(約20京円)規模の生態系サービスを生み出しているとの推計が示され、IEGには米州開発銀行(IDB)やロックフェラー財団等が初期投資家として関与。同構想では、NACをNYSEに上場させ、投資家が株式市場を通じて自然資本に投資できる仕組みを整えることが想定されていた。 【参考】【アメリカ】ニューヨーク証券取引所、自然資本会社NACの上場区分設立へ。NAC提唱のIEGと(2021年9月2
本文は配信元の記事から取得した抜粋です。
一次ソース
- https://www.wri.org/insights/natural-asset-companies-nac-explained
- https://www.wri.org/technical-perspectives/nature-balance-sheets
- https://www.sec.gov/files/rules/sro/nyse/2023/34-98665.pdf
- https://ir.theice.com/press/news-details/2021/NYSE-and-Intrinsic-Exchange-Group-Partner-to-Launch-a-New-Asset-Class-to-Power-a-Sustainable-Future/default.aspx