再エネ・技術

グリーンアンモニア、日印協力の「高コスト」を試算する

2026-07-04
日印両政府が民間企業による水素・グリーンアンモニア生産計画への継続的な財政支援を検討し、その高コストを試算した内容を報じている

専門家の視点

グリーンアンモニアのコスト構造を分解すると、本質的な課題は「再生可能エネルギーのLCOE(発電原価)だけでは語れない設備稼働率の低さ」にあります。インドの太陽光発電コストは世界でも最安級ですが、間欠性ゆえに電解槽の設備利用率は2〜2.5割に留まり、水素製造コストが全体の7割強を占めます。これにハーバー・ボッシュ反応の定常運転とのミスマッチを補うバッファー設備が加わり、グリーンアンモニア1トンあたり850〜1050ドルと、従来品の約2〜2.5倍になります。経済産業省の掲げる2030年水素供給コスト目標(CIFベース30円/Nm3)に対し、本試算のインド国内コストは58円/Nm3で、輸送費を加えれば乖離はさらに拡大します。ここで見落とせないのは、「価格差支援」という制度が2045年までの15年間を前提としている点です。政府が長期補填を設計した時点で、自立への時間軸が明確ではなくなっています。実体(技術・コスト)と物語(国際協力・水素社会)の間に、設備稼働率という物理制約が横たわっています。

日印合同経済フォーラムに出席したモディ首相(左)と高市首相首相官邸HPより 報道によれば、2026年7月、高市早苗首相のインド訪問に合わせ、日印両政府は民間企業による水素・グリーンアンモニア生産計画への継続的な財政支援で合意した。 IHIがインドのACMEグループと組み、ラジャスタン州の太陽光発電を用いて年間40万トン規模のグリーンアンモニアを生産する計画で、投資規模は日印企業合計で約4800億円にのぼる。経済産業省は水素社会推進法に基づく「価格差に着目した支援」制度の対象として、IHIを含む7社を認定した。 見落とされがちなのは、この「価格差支援」という言葉が意味するところである。既存の化石燃料由来アンモニアとの価格差を、2045年までの15年間にわたり継続的に補塡するという制度設計そのものが、グリーンアンモニアが市場価格では自立し得ないことを、政府自身が認めているに等しい。 アンモニア(NH₃)は、窒素(N₂)と水素(H₂)を反応させるハーバー・ボッシュ法で合成される。グリーンアンモニアの製造は次の3工程からなる。 化学量論的には、アンモニア1トンの製造に水素176kg、窒素823kgを要する(N₂+3H₂→2NH₃)。実プラントではパージ(不活性ガス排出)による数%のロスが生じるため、これを見込むと水素約180kg、窒素約830kg程度となる。 インドの太陽光発電コストは1kWhあたり0.038ドル(2024年、IRENA調べ、世界2位の安さ)である。今回の案件の立地であるラジャスタン州は、タール砂漠の高い日射量を背景に、Bhadla(バドラ)ソーラーパークなどインド屈指の低コスト太陽光の実績地であり、この数字はまさにこの地域の実力を反映したものといえる。 しかし電解槽のCAPEXがグリーンアンモニアプラント全体の直接コストの4〜5割を占める中で、太陽光のみの稼働では設備利用率(容量係数)が2〜2.5割程度にとどまり、同じ年間生産量を得るには定格の3〜4倍の電解槽容量を用意する必要がある。 この結果、電力代自体は安くとも、水素の全体コストは1kgあたり3.5〜5ドル(51〜73円/Nm3)程度、中心値でおよそ4ドル/kg(58円/Nm3)になる。これをアンモニア1トンあたりに換算すると630〜900ドル(中心値約720ドル)となり、全体コストの7割強を占める。 窒素の深冷分離は技術的に成熟しており、コストへの影響は軽微(1トンあたり25〜35ドル程度)である。 一方、ハーバー・ボッシュ反応自体は400〜600℃・最大400気圧という高温高圧を要し、1トンあたり26〜35ギガジュールのエネルギーを消費する。加えて、太陽光の間欠性とハーバー・ボッシュ反応が本来求める定常運転との間にミスマッチがあるため、8〜12時間分の水素バッファー貯蔵設備を備えるのが現在の標準的な設計となっている。この柔軟運転対応が反応工程のコストを押し上げ、1トンあたり80〜150ドル程度になると見積もられる。 合計すると、グリーンアンモニアの製造コストは1トンあたり850〜1050ドル程度という試算になる。これに対し、天然ガス由来の従来型アンモニアの国際市況は、直近で1トンあたり400〜500ドル程度である。つまりグリーンアンモニアは、従来品のおよそ2〜2.5倍のコストを負うことになる。 経済産業省は水素の供給コスト目標として、2030年に30円/Nm3、2050年に20円/Nm3(いずれもCIFベース、化石燃料と同等程度の水準)を掲げている。上記の試算値58円/Nm3と比較すると、2030年目標に対して約1.9倍、2050年目標に対して約2.9倍という開きになる。 なお、この58円/Nm3はインド国内での製造コストの試算であり、日本までの液化・輸送・荷役を含むCIFコストではない。経産省目標はCIFベースであるため、輸送費を上乗せすればギャップはさらに広がる方向にある。つまり2〜3倍という数字は、むしろ控えめな見積もりである。 この試算で示したいのは、単に水素が高い、という一般論ではない。3工程のコスト配分を見れば、水素製造が7割強、ハーバー・ボッシュの柔軟運転対応が1〜2割、窒素分離はわずか数%にとどまる。 そして水素製造とハーバー・ボッシュの両方に共通するコスト増の本質は、電力価格そのものよりも、太陽光という間欠電源に合わせて設備を運用することで生じる設備利用率(容量係数)の低さにある。 これは、LCOE(均等化発電原価)だけで再生可能エネルギーの経済性を語ることの限界を、そのまま映し出している。設備は発電時だけでなく、24時間365日の稼働を前提に建設・償却されるものであり、その設備を間欠運転させれば、単位生産量あたりの資本費は必然的に膨らむ。

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