相模湾で失われた藻場を再生、ブルーカーボン収益を地域に還元へ
専門家の視点
相模湾の藻場再生とブルーカーボン収益の地域還元というスキームは、意欲的な「物語」を持っています。しかし、構造的に見ると「物語先走り」のパターンが顕著です。実体として、藻場回復は限定的な成功例にとどまり、漁獲向上にはまだ結びついていません。ブルーカーボンの計測ルールも国際的に未確立で、年間38~58トンの炭素貯留量は、日本全体の排出量と比較すると極めて微小です。それにもかかわらず、売り手市場で単価10万円と高額な取引が成立している点に、期待先行の市場反応が現れています。隠れた前提は、「ブルーカーボンが温暖化対策として有効である」というフレーミングです。実際には、藻場再生の主たる効果は、生態系の回復や地域経済の多角化であり、炭素隔離量は副次的なおまけに過ぎません。この記事の構造上の核心は、小さな実体に対して物語と期待が過大に膨らんでいることです。次の観測点は、この高額なブルーカーボン市場が持続可能かどうか、そして地域還元の具体的な使途が明示されるかどうかです。温暖化適応策としての藻場再生の価値を正確に伝えるには、炭素クレジットの数値に頼らない生態系サービスの説明が必要です。
神奈川県葉山町では、一度は姿を消した海藻のアラメやカジメ、絶滅寸前まで減少したアマモ、ワカメやホンダワラの再生に取り組み、様々な価値の増進と地域への均霑に成功しつつある。従来型の食品としての販売だけでなく、藻場の環境価値をブルーカーボンで収益化し、地域に還元する取り組みも始まった。(東大先端科学技術研究センター研究顧問/オルタナ客員論説委員・小林光) この取り組みは、葉山のNPO「葉山アマモ協議会」(副代表・山木克則氏)が中心となり、湘南漁協葉山支部をはじめとする地域の多様なステークホルダーが参加して進めている。海藻・海草の再生と、その活用による地域価値の創出を目指した活動だ。 発端は、2020年ごろに深刻化した磯焼けである。藻場が失われ、葉山の海では海藻の姿がほとんど見られなくなった。 葉山アマモ協議会の資料によると、まだ磯焼けによる藻場の荒廃が広く認識されていなかった2005年ごろの収穫量を100とした場合、15年後の2020年には天然ワカメの収穫量は約40まで減少した。ヒジキに至っては約10まで減少した(下図参照)。 こうした海藻類の減少に伴い、アワビは、この期間にほとんど取れなくなり、サザエもかつての半分以下の収穫となってしまったという。 この背景には、海の温暖化があり、海藻の種に応じてかつて生育・世代交代ができた場所が、そうした海藻の生育には不適になっていったことに加え、乏しくなった海藻に対する魚やウニの食圧の相対的な高まりがあって、海藻衰退の悪循環が進んだのであった。 そこで地元で起こった運動が、海草・海藻の再生であった。 ボランティアのダイバーによるウニの駆除を行う一方、水温の適地に海藻の幼生を定着させる活動も行われている。 例えば、ほとんど絶滅状態であったカジメについては、水深10mまでの比較的に水温が低く安定している海底の適地に、陸上養殖した苗(幼生)を定着させるなどして、22年頃には藻場の復活の成功例が出てくるようになった。 アマモも、陸上で苗を作れるので、小学校などでの取り組みで苗を作り、砂地の海底へ苗を固定したりして、アマモ場の再生が進められている。 写真1は、藻場となる海底の岩礁の上に、チャーターの船を寄せて水中カメラを沈め、海藻の繁茂状態を観察しているところである。訪れたのは、ワカメが育ち切る3月下旬であったが、ワカメ他の様々な海藻が海流に揺れ、小さな魚が群れる様子がよく見えた。 このような海域環境の、温暖化への適応を踏まえた人為的な整備が漁獲向上につながることはまだないが、海域で増えたウニを活用したブランドウニを出荷する試みも始まっている。 この活動の特色は、海産物販売という従来型のビジネスモデルの再生に留まらない、広範な価値開拓を試みていることにある。 観光客に対しては、藻場への訪問という新しい種類のエコツアーが提供され、獲れたてをさっと湯通ししたワカメやメカブの試食や即売、写真2のように天日干しして乾物にする作業の体験などができる。 近所の子どもたちには、アマモの苗づくりといった能動的な、そして実際に欠かせない役割を果たすという環境学習・活動の機会が生まれた。 そして最も新手の商売は、ブルーカーボンの計測とその販売である。 ブルーカーボンとは、海藻などの働きで難溶性の炭素が生まれ、それが海中や大気にCO2として戻れなくなるため、長い間に地盤に取り込まれるなどして大気中から隔離されることとなる炭素である。森林が吸収するのと同様の、大気からCO2を隔離する自然のプロセスである。 その量の推定については、まだ国際的に確立したルールはないが、日本政府も、日本の領海での海藻等による炭素隔離量を試算して、IPCCに報告したりしている。 もっともその量は、海藻の成長晩期に海藻中に固定された炭素量よりはるかに少ない。それでも、人々が海藻を元気にすることによって、海産物も豊富になるだけでなく、温暖化へも多少ともブレーキが掛かるとすれば、大変に良い話だ。 葉山の藻場での、こうして海藻復活に伴って貯留される炭素の増分は、年間38~58トンと推計されている。 これは、藻場の面積(バイオマス)と海藻種に応じた吸収係数から求めるものであり、葉山アマモ協会のメンバー達が日ごろ行う、藻場の消長に関する詳細なモニタリング結果を反映させてきた賜物であって、信頼性は高いものと言えよう。 そして、このブルーカーボンを使い、自らからの排出量を減殺したいとして購入する企業もいる。お陰で葉山のブルーカーボンは余すところなく販売されている。それだけではなく、その単価は、他と比べて結構高いのである。 例えば、25年のブルーカーボンの販売量は38.8トンで、CO21トン当たりの単価は10万円である。 この10万円/CO2-tという値は、排出量と
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