CO2×微生物でプラスチックを作る「ガス発酵プラント」…日揮が仕掛ける夢の技術
専門家の視点
この技術の構造的な課題は、実体(技術・コスト)と物語(脱石油・夢の技術)の間にギャップがある点です。水素酸化細菌によるCO2からのPHA生産は実験室レベルでは成立していますが、実用化には大量の水素が必要であり、その水素をグリーン水素で賄うコストが現状のナフサ由来プラスチックと競合できる水準にないという現実があります。記事は「夢の技術」とフレーミングしますが、水素の調達コスト・生産スケール・微生物の増殖速度という三つの物理制約が解決されていません。また、中東依存度の数値だけを提示し、ガス発酵がその代替となる経路と具体的なKPIが示されていない点も、物語の先走り構造です。JBXの開設自体は実体として評価できますが、観測すべきは「誰がどの規模で水素を供給するのか」という実行レイヤーの欠落です。神戸という立地は工業地帯と港湾に近く、将来的に水素サプライチェーンと連携できる可能性はありますが、現時点では研究拠点にとどまります。
●この記事のポイント 日揮HDが神戸に世界初のガス発酵研究拠点JBXを開設。水素酸化細菌でCO2から生分解性プラスチックを製造する技術を開発中だ。中東依存度74%に達するナフサ構造リスクへの根本的な解答となるか。2030年200兆円のバイオエコノミー市場でプラントエンジニアが仕掛ける産業構造の組み替えを読む。 2026年、ナフサ危機が露わにした「構造的な脆弱性」。その突破口をプラントエンジニアリングの老舗が拓こうとしている。 2024年夏、日揮ホールディングス(HD)は神戸市ポートアイランドに「バイオプロセス研究所(JBX)」の建設に着工した。延床面積約4,000㎡、数リットルから数百リットル規模の培養槽を備えるこの施設は、2025年12月に竣工。「世界初のガス発酵によるバイオものづくり研究開発拠点」として、その全貌を現した。 取り組んでいる技術はこうだ。水素と酸素をエネルギー源としてCO2を体内に取り込み、有機物を合成しながら増殖する「水素酸化細菌」を大量培養し、生分解性バイオポリマー(PHB類)を生産する。原料は「CO2」、副産物は「生分解性プラスチック」——化石資源を一切使わない、まったく新しい素材製造のルートである。 カネカ(微生物の育種)、バッカス・バイオイノベーション(スマートセル開発)、島津製作所(分析・評価技術)との4社連合で、NEDOのグリーンイノベーション基金事業にも採択されている国家プロジェクトだ。2025年の大阪・関西万博の日本政府館でも同技術が紹介され、改めて国内外の関心を集めた。 ここで一つの疑問が生じる。なぜ「素材を自ら作らない」はずのプラントエンジニアリング会社が、素材メーカーのフィールドに踏み込んだのか。 答えは、日揮HDの「強み」の再定義にある。同社はLNGプラントを中心に世界80カ国・2万件以上のEPC(設計・調達・建設)プロジェクトを手がけてきた、文字通りの業界トップだ。しかし石油・ガス中心の受注型ビジネスは、原油価格の変動やカントリーリスク、国際競争の激化に直接さらされる。実際、2024年度・2025年度には遂行中の複数の海外EPCプロジェクトで損失引当が発生し、「2040年ビジョン」の財務目標は2026年5月に下方修正された経緯もある。 「受注を待って建てる」だけでは持続的成長を担保しにくい——この危機感が、事業変革の起点にある。同社の「2040年ビジョン」は、EPC事業の割合を現在の約78%から2040年には60%に引き下げ、エネルギートランジション、ヘルスケア・ライフサイエンス、資源循環など5領域への多角化を掲げる。バイオものづくりは、その「将来の成長エンジン」に位置づけられている。 そして今回の技術で、日揮が担う役割はまさに「スケールアップ」だ。微生物を実験室(数リットル)から工場規模(数万〜数十万リットル)へと段階的に大きくするプロセス設計こそ、バイオ製造最大の難関であり、化学・石油プラントを設計し続けてきた日揮のコアコンピタンスと一致する。「エンジニアリング×バイオ」というまったく新しい掛け算で、メーカーが実験室レベルで手こずってきた「量産の壁」を突き破ろうとしている。 バイオテクノロジーに精通し産業応用に詳しい田代隆盛氏は、この構造をこう評す。 「バイオものづくりで失敗が多いのは、優れた微生物を作れても生産設備の設計が追いつかないからです。発酵槽の大型化には、ガスの溶解・撹拌・熱管理など複雑な工学的課題が山積する。そこにプラント設計のプロが入ることで、社会実装のスピードが劇的に変わる可能性がある。日揮の参入はバイオ業界にとっても異質な、しかし非常に合理的な選択です」(エネルギー研究・政策アナリストの田代隆盛氏) この技術の意味を、現在のエネルギー地政学から切り離して語ることはできない。 石油化学工業協会のデータによると、2024年時点でプラスチックの主要原料であるナフサの輸入に占める中東産の割合は73.6%(UAE・クウェート・カタールの3カ国で67.4%を占める)。国産ナフサの原料となる原油を含めれば、日本が消費するナフサの実質的な中東依存度は8割超に達するとされる。 2026年の中東情勢の緊迫化はこの「一本足構造」をいよいよ顕在化させた。国の備蓄制度はナフサを対象としておらず民間在庫は約20日分ほど、原油とは異なる「無防備ゾーン」が、プラスチックから自動車部品・包装材・電子機器まで及ぶ裾野の広い産業全体を直撃しうる現実を突きつけている。 対して、日揮HDが進めるCO2発酵プラスチックの原料は文字通り「CO2」だ。鉄鋼・電力・セメントなど、排出を削減したくても削減しきれない産業が国内にいくらでも「原料」を持っている。ホルムズ海峡の緊張も、中東の政情も、この製造プロセスに
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