制度・政策

東大・江守教授に聞く:「IPCCが使う排出シナリオが変わる」ことの意味

2026-05-25
IPCCが使用する排出シナリオの変更について、東京大学の江守教授がその意味と影響を解説している記事。

専門家の視点

気候変動対策の進展を評価する科学的基盤の変化として、IPCCが最悪シナリオを除外したことは「対策に意味があった」と肯定的に語られています。しかし、ここには「規模と効果のギャップ」が潜んでいます。実際の排出量増加が鈍化したとはいえ、理想的な削減ペースには遠く及ばず、シナリオ除外は科学的妥当性の修正であって、削減目標達成を保証するものではありません。また、最良シナリオからオーバーシュートなしの1.5℃経路が除外された事実は、現実的な達成可能性が低下したことを示唆していますが、記事ではこのネガティブな側面が軽視されています。さらに、トランプ前大統領の歪曲発信に触れることで、科学的議論と政治的メッセージが対比され、「科学vs否定」という単純なフレーミングが強化されています。ここでは、化石燃料業界や新興国の排出責任など、複雑な利害調整の実態が省略されている点が重要です。日本企業やGX人材は、シナリオ変更を楽観的に捉えるのではなく、自社の脱炭素計画が1.5℃目標と整合しているか厳格に検証し、レジリエンスを高める行動を取る必要があります。

国連・気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が使う地球温暖化の排出シナリオが変わる。従来の「最悪シナリオ」を除外し、「1.5℃目標」への道筋を示すシナリオも変わる。米国では、気候変動に否定的なトランプ大統領が、真意を歪曲した発信を行い各方面から非難を浴びた。今回の排出シナリオの見直しが意味するところは何か。過去にIPCC評価報告書の主執筆者を務めた東京大学の江守正多教授に話を聞いた。(聞き手:オルタナ輪番編集長=北村佳代子、編集協力:在テキサス編集委員・宮島謙二) 江守 正多(えもり・せいた)東京大学未来ビジョン研究センター教授1970年神奈川県生まれ。1997年に東京大学大学院総合文化研究科博士課程にて博士号(学術)を取得後、国立環境研究所に勤務。同研究所気候変動リスク評価研究室長、地球システム領域副領域長等を経て、2022年より現職。東京大学大学院総合文化研究科で学生指導も行う。専門は気候科学。IPCC(気候変動に関する政府間パネル)第5次および第6次評価報告書主執筆者、第7次評価報告書査読編集者。 ――IPCCが、気候変動の将来への影響を評価する際に使う「排出シナリオ」が見直されました。まず、最悪の排出シナリオが除外となったことの意味を、どう捉えるべきでしょうか。 今回除外となるのは「RCP8.5」と呼ばれる最悪の排出シナリオです。この「RCP(代表的濃度経路)シナリオ」は、2010年ごろに作られたもので、IPCCの第5次評価報告書(AR5、2013~14年にかけて公表)や第6次評価報告書(AR6、2021~23年にかけて公表)でも、気候変動の将来への影響評価に使われてきました。 IPCCは当時、排出シナリオを作る研究者のコミュニティに対して、将来起きうる最大値の排出量を使った「最悪シナリオ」と、世界が最大限努力して抑えられる排出量をベースとした「最良シナリオ」の2つを含む形でシナリオを作るよう依頼しました。 この排出シナリオが作られた当時の世界がどうだったかというと、2000年代は特に中国が急速に石炭火力を増やしたことで、世界全体の石炭消費量が急増した時期でした。最悪シナリオの「RCP8.5」は、世界が気候政策を全く行わず、当時のペースで石炭をガンガン使い続ける場合を想定して作ったシナリオです。 排出シナリオは、将来の人間社会がどれだけ温室効果ガス(GHG)を排出するのかを、複数の社会経済的な要素をもとに計算して作ります。特に影響を与える社会経済的パラメータが、人口、経済活動、技術です。これらの変化によって、将来どんなエネルギーが使われ、それによってどれくらいのCO2やメタンなどのGHGが排出されるかが、大きく変わります。 「RCP8.5」を作った2010年前後の時点では、再エネの普及の可能性もありましたが、当時はまだ、技術の進展がどの方向に進むのかが不確実でした。再エネの技術がこれ以上発展せず、価格が安くならない可能性もありえた一方で、その代わりに火力の技術が進歩して世界が火力を使い続ける可能性もあったのです。 しかし今回、IPCCの次の第7次評価報告書の作成に向けて、研究者コミュニティが「さすがに、RCP8.5の道筋はなくなったと思ってよい」と判断しました。つまり、再エネが石炭火力の発電量を上回るほどに普及し、かなりの部分の先進国が石炭火力の廃止に動いている中で、どんなに気候政策をこれから撤回していったとしても、「RCP8.5」が示すような、2010年当時のように石炭をガンガン使っていく排出シナリオにはならない、と判断したということです。 世界のGHG排出量を見ても、もし何も対策をしていなかったらもっと増え続けていたかもしれませんが、今では、排出量の増加が止まるか止まらないかくらいのところに来ています。 気候変動対策は、もちろん理想的なペースでは全然進んできていはいません。しかし、今回、最悪シナリオを排除するということは、「気候変動対策の成果は出ていないのではないか」「GHG排出量は減っていないのではないか」と考える人たちに対して、「いや、成果はあった。対策の意味はあった」とわかりやすく示せるという点が、グッドニュースです。 ――最悪の排出シナリオが除外となったのと同時に、最良のシナリオについても、1.5℃を目指す道筋が変更となりました。こちらについて、解説いただけますか。 はい。今回、最良シナリオについても、オーバーシュートをせずに1.5℃を目指せるシナリオが除外となりました。オーバーシュートとは、1.5℃目標を一時的に超えてしまうことを言います。 第6次評価報告書の時には、努力をすれば達成できる最良シナリオとして、パリ協定で定めた「1.5℃」目標を、オーバーシュートすることなく目指せるシナリオがありました。し

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