企業動向

石油はあるのに、なぜ化学製品は足りない?ナフサ危機が暴いた「備蓄の盲点」

2026-05-15
国内エチレン設備の減産や製造業の調達リスクを背景に、原油備蓄と現場不足の構造的矛盾と水素由来ナフサの可能性を解説

専門家の視点

原油備蓄254日分とナフサ民間在庫20日分の並存は、制度の非対称性が露呈した構造です。石油備蓄法が燃料を対象とし、化学原料を外したまま時代が変わったことで、エネルギー量の確保と品目別の供給という二つの論理が分離したまま危機を迎えました。政府の「年を越えて継続できる」という見通しはフローの話であり、現場はストックで生きています。この認識差は悪意ではなく、測定単位の違いに根差します。ナフサ価格の高騰やエチレン設備の半数減産は、精製設備の物理的限界と輸入依存度73.6%という実体が、法制度の更新を待たずに顕在化した結果です。製油所が燃料を優先するのは補助金構造のもとで経済合理的であり、現場を責めても解決しません。川崎重工の水素由来ナフサ合成技術は脱中東依存の物語を提示しますが、実証とコスト競争力の獲得まで時間がかかるため、現状の救済にはなり得ません。ここでの本当の観測点は、備蓄制度を品目別の出口まで拡張する法改正が、今回の危機後も進むかどうかです。石油の総量神話が崩れた今、化学原料を国家備蓄の枠組みに組み込む議論が始まらない限り、同じ盲点は再発します。

●この記事のポイント ホルムズ海峡封鎖で、約20日分しかなかったナフサの民間在庫が底をつく懸念が急浮上。国内エチレン設備12基中6基が減産し、製造業の約3割が調達リスクに直面。原油備蓄254日分と現場の欠乏が並存する構造的矛盾の背景と、川崎重工が水素からナフサを合成するFT技術で挑む脱中東依存の展望を解説。 トイレや浴室の樹脂パーツが届かない。断熱材の納期が数カ月先になった。壁紙や塗料の価格が数割跳ね上がった――。この数カ月、住宅・建設業界の現場からこうした声が相次いでいる。 その一方で、ガソリンスタンドは今日も普通に開いており、クルマはどこにでも走っている。政府は「ナフサを含む化学製品の供給は年を越えて継続できる見込み」と発表している(経済産業省、4月30日)。 この「言葉と現実のギャップ」こそ、今回の危機を読み解く出発点だ。政府が嘘をついているわけでは、おそらくない。ただ、政府と現場が見ている「数字の種類」が根本的に異なる。一方は将来のフロー(いつ・どこから調達できるか)を見ており、もう一方は今日のストック(手元に何がどれだけあるか)を生きているのだ。この構造的なズレを理解することが、パニックにも楽観にも流されない、正確な現状認識への第一歩となる。 ナフサとは、原油を加熱・蒸留する際に沸点の違いによって分離される留分の一つだ。「LPガス→ナフサ→ガソリン→灯油→重油」の順に取り出され、プラスチック・合成ゴム・合成繊維・塗料・医薬品など、現代の製造業を支えるほぼすべての化学製品の出発原料となる。 重要なのは、原油の中にナフサが「入っている」だけでは、すぐに使えるわけではない点だ。精製プロセスを経て初めてナフサとして取り出せる。しかも、製油所の設備には物理的な限界があり、稼働率を一気に引き上げることはできない。 さらに構造的な問題がある。国のガソリン価格抑制策(補助金)は「燃料」を対象としており、化学原料であるナフサには直接適用されにくい。この価格構造のもとでは、製油所が収率設定でナフサより燃料を優先することは経済合理的な判断となる。 加えて、日本のナフサの大部分は「輸入」に頼っている。2024年には中東からのナフサ輸入依存度が73.6%に達しており、2020年時点の53.1%から急上昇していた。つまり国内に原油の備蓄があっても、それをナフサに変える精製能力が追いつかない場合、化学産業への供給は止まりうる。 2月末、中東情勢の緊迫化に伴い、ホルムズ海峡が事実上の封鎖状態に入った。封鎖開始時点での国内民間ナフサ在庫はわずか20日分程度であり、3月のナフサ輸入量は前年同月比で約2割減少した。 一方、原油の国家備蓄は254日分存在する。この数字だけ見れば、危機は遠い話のように映る。しかし石油備蓄法は「燃料」を対象としており、化学原料であるナフサは法律上、国家備蓄の対象外だ。「原油はたっぷりあるのに、建材の原料は20日で底をつく」という状況は、制度の設計上、あらかじめ内包されていたリスクだったともいえる。 3月のナフサ市況は、わずか2週間で1トンあたり600ドル台後半から1,100ドル前後へと急騰した。国内に12基あるエチレン生産プラントのうち、4月初旬時点で6基が減産体制に追い込まれており、フル稼働を維持できているのはわずか3基という異常事態となった。 政府は4月13日の閣僚会議で石油20日分の放出と民間備蓄義務の引き下げを決定した。対策として、米国を中心にアルジェリア・オーストラリアなどから調達を拡大し、1カ月あたりの中東外地域からの輸入量は4月は倍増、5月以降は3倍程度を見込む。中東以外からの輸入を加速することで、川中製品の在庫を活用しながら供給を確保できる期間は年を越えて延長される見込みだ。 エネルギー安全保障に詳しい専門家は、今回の事態についてこう分析する。 「政府と現場の認識差は、制度設計上の盲点が顕在化したものです。石油備蓄法が整備された1970〜80年代、化学原料としてのナフサの重要性はここまで高くなかった。エネルギーの 量 だけでなく、 品目別の出口 まで含めた安全保障の概念への転換が、今まさに問われています」(エネルギー研究・政策アナリストの田代隆盛氏) 帝国データバンクの調査では、化学製品メーカー52社から直接・間接的に仕入れる製造業は全国で約4万7,000社にのぼり、製造業全体の約3割がナフサ関連製品の調達リスクに直面する可能性があるとされた。これは単なる「石化業界の問題」ではない。食品包装材、自動車部品、医療機器、さらには住宅建材まで、その波及は経済の毛細血管にまで達している。 こうした状況のなか、一つの注目すべき動きが生まれた。 川崎重工業は5月12日の決算説明会で、水素からナフサを生産する技術の提案を始め

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