「経済安全保障」時代のサプライチェーンと人権問題 - オルタナ
専門家の視点
重要鉱物の調達網を経済安全保障で固めるほど、現地の労働者や先住民族の負担が不可視化される構造がここにあります。脱炭素の実体は資源採掘の現場に依存しており、その物理的制約を企業統治が追い越せていないのが現状です。物語は「強靱なサプライチェーン」の構築を掲げますが、肝心のFPICの同意プロセスや利益還元の具体的なKPIが示されず、実体が翻訳されていない典型例です。 ここで問い直すべきは、経済安全保障を「調達の安定」という自国中心の言葉で語ることが、そもそもグローバルサウスとの非対称な関係を固定化していないかという点です。この論調では、人権デュー・ディリジェンスはコストやリスク管理の一部に矮小化され、地域社会の主体性という観点が欠落します。実行レイヤーは企業の調達部門と法務部門に集中し、現地コミュニティとの対話を担う人材が不在のままです。 次の観測点は、EUの企業持続可能性デューデリジェンス指令などの執行制度が日本のサプライチェーン実務をいつ強制し始めるかです。現時点では物語が先行した状態であり、実効性ある是正措置が採掘現場に届くには、少なくとも数年単位の時間差が避けられません。
2022年以降のエネルギー問題や重要鉱物をめぐる地政学的緊張を背景に、企業経営における「経済安全保障」の重要性は一段と高まっている。安定調達や供給網の維持は、もはや一部業界に限られた課題ではなく、多くの企業にとって経営そのものに直結するテーマとなった。一方で、経済安全保障を進めるうえで、ビジネスと人権の観点をどのように組み込むかについては、必ずしも十分に議論されているとは言い難い。(弁護士・佐藤暁子) 例えば、ニッケル、コバルト、リチウムといった「重要鉱物」は、電気自動車のバッテリーをはじめ、脱炭素化を進めるうえで欠かせない資源である。しかし、そのサプライチェーン、とりわけ原材料の採掘現場では、さまざまな人権・環境リスクが指摘されている。 代表的な論点の一つが、先住民族の権利である。鉱山開発が先住民族の土地で進められる一方で、「自由意思による事前の十分な情報に基づく同意(FPIC)」が十分に保障されないまま採掘許可が与えられるケースは少なくない。 また、採掘に伴う水質汚染が地域住民の生活や健康に影響を及ぼすこともある。さらに、採掘現場では、賃金、労働安全衛生、ハラスメントなど、国際的な労働基準が十分に担保されていないとの指摘もある。 加えて、こうした鉱物資源によって生み出される利益が、地域社会に十分還元されていないという課題もある。経済安全保障を自国・自社中心のみで捉えると、結果としてグローバルノースとグローバルサウスの格差拡大につながり、長期的には国際社会全体の安定性を損なうリスクにもなり得る。 その意味で、「サプライチェーンの強靱化」は、単なる調達先の分散といった経営管理だけを意味するものではない。サプライチェーン上で脆弱な立場に置かれやすい労働者やコミュニティが受けうる負の影響を把握し、ビジネスと人権の観点を踏まえて、その対応を強化していくことも含まれる。 弁護士。人権方針や人権リスクアセスメントなど、国連ビジネスと人権に関する指導原則に即した人権デュー・ディリジェンスの実施に向けた社内体制構築とその実践強化に注力。「サプライチェーンにおける人権尊重のためのガイドライン検討会」委員など政策提言にも取組む。認定NPO法人ヒューマンライツ・ナウ事務局次長、国際人権NGOビジネスと人権リソースセンター日本リサーチャー・代表を経て、2022年4月より国連開発計画(UNDP)ビジネスと人権プロジェクトリエゾンオフィサーとして人権デュー・ディリジェンス研修などを担当。日本弁護士連合会国際人権問題委員会事務局次長、同ビジネスと人権PT。企業と社会フォーラム理事。Social Connection for Human Rights共同創設メンバー。ビジネスと人権ロイヤーズネットワーク運営委員。上智大学法学部国際関係法学科、一橋大学法科大学院卒業。International Institute of Social Studies開発学修士号(人権専攻)。共著「人権デュー・ディリジェンスの実務」(きんざい・2023年)
本文は配信元の記事から取得した抜粋です。
配信元の記事を読む →